Sunday, October 4, 2015
忘れられない思い出
それは、ある日、突然起こる。「当たり前のもの」が当たり前ではなくなる日。
地震のような自然災害、事故、死などのハプニング、そしてリストラ。
今年2月24日火曜日、411Bの授業が終わった後、オフィスにもどってコーヒーを飲み始めた。「トントントン」だれかがオフィスのドアをノックした。ドアを開けると、IRPSのアドミニのTさんとNさんが入ってきて、ドアを閉めた。
「何?」二人は、今まで私のオフィスに来たことはない。これが初めてだ。「来学期、日本語のクラスが1つキャンセルされることになった。これは新しい契約書。」
契約書を見た。"I regret to inform you that..." 「え?何?」日本語のクラスが1つになったから、パートタイムになって、給料が減ることが書かれていた。Deanのサインもあった。
「どうして?」理由を聞いたが、「学生が少ないから」と言われた。
信じられなかった。2003年にフルタイムで雇われたのに、突然パートタイムにされた。
私は教えたくても教えられない。学生は勉強したくても勉強できない。
IRPSと戦ったが、何も変わらなかった。毎日悲しくて、家でもオフィスでも泣いてばかりいた。悲しすぎて、お酒をたくさん飲んで、心の病気になった。会社でリストラされる人達の気持ちが初めてわかった。アメリカは契約社会として有名だが、州立大学でこんなことがあるとは思わなかった。
この世界に「当たり前のもの」は何もない。UCSDのような有名な大学でもフルタイムの教師がいつでもリストラされる。毎日教えることは「当たり前」なのではなく、「特別なこと」だとわかった。今、また日本語クラスが3つ教えられて、毎日忙しくて本当にうれしい。それだけではなく、毎日元気な学生に会えるのは、もっとうれしい。だから、もう二度とクラスをキャンセルされたくない。そのために私ができることは何か。できるだけたくさんの学生が日本語のクラスを取って、life scienceやcomputer scienceのような大人気のクラスにして、卒業した後、日本語が使える仕事をして、UCSDの学長にPRすること。
あの日のことは思い出したくない。でも、一生忘れることができないだろう。あのつらい経験は、私が「当たり前だと思っていた12年」を振り返るための「いい薬」だったかもしれない。だから、どんなにつらくても、あの時の気持ちを忘れてはいけないと思う。
人生のゲームに勝つために。
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| http://girlschannel.net/topics/358000/ |
地震のような自然災害、事故、死などのハプニング、そしてリストラ。
今年2月24日火曜日、411Bの授業が終わった後、オフィスにもどってコーヒーを飲み始めた。「トントントン」だれかがオフィスのドアをノックした。ドアを開けると、IRPSのアドミニのTさんとNさんが入ってきて、ドアを閉めた。
「何?」二人は、今まで私のオフィスに来たことはない。これが初めてだ。「来学期、日本語のクラスが1つキャンセルされることになった。これは新しい契約書。」
契約書を見た。"I regret to inform you that..." 「え?何?」日本語のクラスが1つになったから、パートタイムになって、給料が減ることが書かれていた。Deanのサインもあった。
「どうして?」理由を聞いたが、「学生が少ないから」と言われた。
信じられなかった。2003年にフルタイムで雇われたのに、突然パートタイムにされた。
私は教えたくても教えられない。学生は勉強したくても勉強できない。
IRPSと戦ったが、何も変わらなかった。毎日悲しくて、家でもオフィスでも泣いてばかりいた。悲しすぎて、お酒をたくさん飲んで、心の病気になった。会社でリストラされる人達の気持ちが初めてわかった。アメリカは契約社会として有名だが、州立大学でこんなことがあるとは思わなかった。
この世界に「当たり前のもの」は何もない。UCSDのような有名な大学でもフルタイムの教師がいつでもリストラされる。毎日教えることは「当たり前」なのではなく、「特別なこと」だとわかった。今、また日本語クラスが3つ教えられて、毎日忙しくて本当にうれしい。それだけではなく、毎日元気な学生に会えるのは、もっとうれしい。だから、もう二度とクラスをキャンセルされたくない。そのために私ができることは何か。できるだけたくさんの学生が日本語のクラスを取って、life scienceやcomputer scienceのような大人気のクラスにして、卒業した後、日本語が使える仕事をして、UCSDの学長にPRすること。
あの日のことは思い出したくない。でも、一生忘れることができないだろう。あのつらい経験は、私が「当たり前だと思っていた12年」を振り返るための「いい薬」だったかもしれない。だから、どんなにつらくても、あの時の気持ちを忘れてはいけないと思う。
人生のゲームに勝つために。
私の故郷
私は愛知県(あいちけん)にある一宮市(いちのみやし)という町で生まれ育ちました。家の近くにある公立高校を卒業し、大阪の私立大学に入るまでここに住んでいました。
一宮市の人口は38万人で、愛知県で3番目に大きい町です。愛知県はあまり知られていませんが、名古屋市(なごやし)は、東京、大阪に次ぐ大都市です。また、愛知県には世界で知られているトヨタの本社があり、経済力がある地域です。一宮市は 名古屋から電車で15分、車で30分くらいでどこでも行きやすい便利なところです。
一宮は最近「喫茶店の町」として有名になりました。特に、朝行くと飲み物を注文するだけで、トースト、ゆでたまご、サラダ、デザートなどがついてくる「一宮モーニング」
が大人気です。つまり、380円でフルコースの朝ご飯が食べられるのです。私は子供の時から、このモーニングに慣れていますが、東京や大阪から来る友人にモーニングを紹介すると、いつも驚かれます。
その他にも、この地域にはナゴヤドーム(野球場)、名古屋城のような楽しい所がたくさんあるだけではなく、みそカツ、ひつまぶし(うなぎ)のようなおいしい名古屋グルメを楽しむこともできます。
私はたいてい一年に一回夏休みに家族に会いに一宮に帰りますが、いつでも大切な家族のことを考えています。前は月に一回くらい手紙を書いていましたが、今はできるだけスカイプ、LINEなどで話しています。
アメリカに来たばかりの時は、アメリカに住むのが夢でしたが、もうアメリカで10年以上働いているので、仕事をリタイアした後、いつかまた自分の故郷に住みたいと思います。
一宮市の人口は38万人で、愛知県で3番目に大きい町です。愛知県はあまり知られていませんが、名古屋市(なごやし)は、東京、大阪に次ぐ大都市です。また、愛知県には世界で知られているトヨタの本社があり、経済力がある地域です。一宮市は 名古屋から電車で15分、車で30分くらいでどこでも行きやすい便利なところです。
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| これが全部で380円!http://ichinomiya-morning.com/?p=954 |
その他にも、この地域にはナゴヤドーム(野球場)、名古屋城のような楽しい所がたくさんあるだけではなく、みそカツ、ひつまぶし(うなぎ)のようなおいしい名古屋グルメを楽しむこともできます。
私はたいてい一年に一回夏休みに家族に会いに一宮に帰りますが、いつでも大切な家族のことを考えています。前は月に一回くらい手紙を書いていましたが、今はできるだけスカイプ、LINEなどで話しています。
アメリカに来たばかりの時は、アメリカに住むのが夢でしたが、もうアメリカで10年以上働いているので、仕事をリタイアした後、いつかまた自分の故郷に住みたいと思います。
自己紹介
はじめまして。牛田英子と申します。
大阪にある外国語大学の英米語学科を卒業した後、日本語教師を目指し、オーストラリアのシドニー大学の大学院に留学し、言語学の修士号を取りました。その後、アメリカのペンルバニア州ピッツバーグにある有名な私立大学で博士号を取りました。専門は第二言語習得で、主にオンラインによる外国語教育について研究しました。
趣味はフィットネス、旅行、映画鑑賞などで、できるだけ毎日ジムで運動しています。旅行は車、飛行機、バス、電車(アメリカではアムトラック)なんでも好きですが、クルーズはまだしたことがないので、いつかカリブ海のクルーズに行きたいです。
また、最近何か新しいことをしたくなったので、フィギュアスケートやゴルフも始めました!週に一回、家の近くのショッピングモールにあるスケートリンクでフィギュアスケートのレッスンを受けています。ゴルフはまだ習い始めたばかりですが、もっと練習して、いつか大学の近くにあるトーリーパインゴルフコースでプレイしたいです。
サンディエゴはいつも天気がよく、青い海と空がとてもきれいで、過ごしやすい所です。こんなきれいな所で仕事をすることができて、毎日幸せです!
学歴
1983年4月 愛知県立一宮高等学校入学
1986年3月 愛知県立一宮高等学校卒業1986年4月 関西外国語大学英米語学科入学
1990年3月 関西外国語大学英米語学科卒業
1996年2月 シドニー大学言語学部修士課程入学
1999年7月 シドニー大学言語学部修士課程卒業
1999年8月 カーネギーメロン大学外国語学部第二言語習得研究科博士課程入学
2003年6月 カーネギーメロン大学外国語学部第二言語習得研究科博士課程卒業
以上
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